「柔らかいナショナリズムの誕生」日本を再び戦場とさせないために

お寺のお祈り

■現在2022年の8月であるが、すでに2022年は世界中の多くの人々が、世界は大きな混乱の最中にあり、より大きな混乱に向かっていることを決定的に確信してしまった年といえるかもしれない。

2021年7月、新型コロナウイルスのデルタ株によって、インドネシアの被害を目の当たりにし、世界情勢や各国政府や国民の在り方は、20世紀前半のパンデミックや世界恐慌、2つの世界大戦の再来を連想させるのに十分であると感じた。2022年2月24日、ロシアのウクライナ侵攻や核恫喝によって、21世紀の人類の危機が顕在化したといえるかもしれない。

21世紀の人類の危機がスタートした可能性が高い。2022年8月、日本は過去最大の新型コロナウイルス被害が進行中である。7月には大物政治家が暗殺された。戦後最大の閉塞感が社会全体に漂っていることは、多くの国民が感じているはずである。

日本を含む多くの先進国社会に余裕がなくなっている。新興国や途上国ではさらに深刻な社会不安が予測されている。欧米のように日本には「分断」や政治混乱はない、と言及されることが多い。しかし、行き過ぎた個人主義による「分裂」は、欧米より深刻な側面もあるのではないか。

日本の政治経済や社会は深刻な問題が山積している。また政治によって問題解決ができる可能性は低いと国民は数十年感じている。日本社会の閉塞感は、すでに没落段階に入っており、あと2段階の没落によってパニックや全体主義、あるいは圧倒的な機能不全に至る可能性が高いと考える。

日本は没落から滅亡(亡国)の危機に向かっているとも思えるが、個人的に最大の問題と感じるのは共同体の崩壊であり、「個人、家族、中間共同体、国家」とすべてを希薄な存在にしている。家族や仕事場は共同体の基盤であったが、それらさえ崩壊しはじめており、「脆弱な個人と脆弱な国家」のみが政治経済を、その場その場で、くるくると変容させ、脆弱な国家であるので、選挙や政治での問題解決は不可能であると多くが感じている。

また脆弱な個人がバラバラなので「分断」という政治運動には発展しない。しかしながら分裂は欧米並みであり、共同体が崩壊し国家が脆弱な中「脆弱で不安定な個人」が、社会にバラバラに浮遊している深刻な状態である。

共同体の再構築は必要であり国家政府の重要政策であるが、長期の時間が必要であり、短期の共同体再構築は不可能である。よって脆弱な国家をはじめ共同体崩壊の中、当面、個人は厳しい社会を生きるしかない。また、地政学危機が東アジアに波及する際など、国家存亡に関わる安全保障上の問題に、共同体再構築のみでは間に合わない。

よって最期の共同体である「国家」が、個人の生き残りにとっても最重要となる。当面、ほとんどの国民にとって「国」は最期の死守すべき共同体である。よって国民の各層に「柔らかいナショナリズムの浸透」が急務であると感じる。ここでのナショナリズム説明に参照に都合のよいものがある。

「日本はナショナリズムから卒業した」渡辺京二が語る明治150年

渡辺氏の言及するナショナリズムは、戦前の「国民国家創世期のハードなナショナリズム」と考えられる。国民国家の存在は、よくも悪くも必要悪と語られている。しかしながら国民国家にとって一定のナショナリズムは必要であり、ないなら国家は存続できない。戦後から継続している問題であり、平成に加速した現象に「ナショナリズムほぼゼロ」がある。ナショナリズムがゼロでは国家の存続はできない。時間の問題で機能不全に至る。ちなみにこの渡辺氏のインタビューはパンデミックの2年前である。

今の日本には「柔らかいナショナリズムの浸透」が命題と言える。一定のナショナリズムがなければ国家は存続できない。かつ、このままナショナリズムほぼゼロであては、あと2段階の没落で、脆弱な不安定な個人が急進的なハードなナショナリズムに陥る可能性が高まる。共同体再構築が間に合わなければ、最期のとりでは「国」である。よって一定のナショナリズムは不可欠である。

■2022年(令和4年)令和初期は、1920年代の昭和初期に似ているのかもしれません。1920年に大不況に突入、1923年の関東大震災、1927年(昭和2年)昭和金融恐慌、1929年世界恐慌から昭和恐慌、日本に経済危機が停滞。1930年代には五・一五事件、二・二六事件など軍事クーデター未遂から、日中戦争や太平洋戦争に突入することになります。2

1927年の昭和金融恐慌が始まる前である1920年代前半には、日本は経済危機がスタートしており、日本社会はすでに深刻な閉塞感に陥っていたことが当時の新聞などから推測できます。明治には維新や日清戦争、日露戦争の戦争成果や、第一次世界大戦による好景気が継続していましたが、1920年代前半には大不景気がはじまり、所得格差の拡大や深刻な社会問題の停滞によって、1930年代の国内政治危機とクーデターや戦争に繋がります。

1922年芥川龍之介の「トロッコ」が発表されます。すでに日本の輝かしい変革期と好景気は終了し、大不景気に突入していました。主人公は子供の頃に体験した「不安や焦燥感や絶望感、恐怖感」を、大人になり、妻子と東京に出てからも、そのときの感情を繰り返しフラッシュバックして感じていた。明治の村落共同体や家族とはなれ、1人で家族の責任を負っている。共同体からの離脱と大不景気の停滞が背景にある。

時代と環境の大きな変化から、安心する気持ちになれる場所も経済も将来も見えない。芥川龍之介は象徴的に1927年に昭和金融恐慌が発生した直後に自殺しています。時代や共同体の変化を鋭敏に感じた作家ばかりでなく、1920年代、多くの日本人が時代と社会の大きな変化から「閉塞感」を深刻に感じ始めていたに違いありません。昭和初期から100年後である、令和初期の2020年代に、経済危機と閉塞感が再来しているようにも観えます。

 100年前のパンデミックであるスペイン風邪は1918年から1920年に発生しています。その後、1920年代に関東大震災、昭和金融恐慌、世界恐慌、昭和恐慌と一連の経済危機が長期化し、日本社会には深刻な閉塞感が停滞します。新型コロナウイルスのパンデミックは100年前より、はるかに大きな社会的影響が発生しています。100年前のパンデミックと世界恐慌との因果関係はまだ完全なものではありませんが、第一次世界大戦の終結の要因になったほど、人流と物流に影響をもたらしたことは明らかです。

2020年代は世界にとっても日本にとても経済危機の停滞がすでに世界銀行によって予測されています。日本もすでに「トロッコ」の時代背景のような「閉塞感」に突入していると思われます。新型コロナのパンデミックは収束もしていませんが、1920年代に関東大震災、昭和金融恐慌、世界恐慌、昭和恐慌と一連の経済危機突入の気配は十分にあります。経済危機が停滞すれば国内政治混乱や戦争に突入する可能性が高まります。

100年前には、維新や戦勝などの華々しい成果や好景気は終了し、1920年代(昭和初期)からは大不景気と経済危機が停滞する時代でした。前時代の成功体験が、さらに「閉塞感」を煽っていました。現在の日本も、戦後の華々しい経済成長からは遠ざかり、成功体験が20年以上の経済停滞に「閉塞感」を深刻なものにしています。

100年前の深刻な「経済危機と閉塞感」から、1930年代の国内政治混乱と戦争に発展したことは明らかです。結果「敗戦」に繋がったと考えられます。1930年代には軍部ばかりでなくメディアや国民自身に、ハードなナショナリズムが発生していました。1920年代の日本社会の深刻な閉塞感の裏返しと言えます。令和に置いても、社会の閉塞感は緩和され、ハードなナショナリズムは回避されるべきです。

現在の「ナショナリズムがほとんどゼロ」であっては、今後の没落の過程でパニックから、ハードなナショナリズムの発生を警戒する必要があります。しかし国民国家は一定のナショナリズムなしでは維持存続できません。1920年代の深刻な閉塞感や、1930年代のハードなナショナリズムを繰り返してはいけません。令和には深刻な閉塞感を回避し、急進的なナショナリズムを回避しなければなりません。よって、令和には「柔らかいナショナリズム」が国民の各層に浸透する必要があります。

 

■近代日本において、社会や制度が根底から大きく変化した事が、過去2度あったといえるかもしれません。明治維新前後と太平洋戦争前後です。2度とも日本が外国勢力との地政学的危機に突入し、国家の体制は根本から変化しました。前者は植民地になる前に準備が間に合い、独立が維持できました。後者は敗戦によって一時連合国軍によって占領され、その後、サンフランシスコ平和条約によって日本が主権を回復し、再び独立を認められました。しかし、その主権回復が独立国家としては制限された内容であったため、現在でも「主権回復されていない部分」や「完全に独立国といえない部分」が残されています。国家の根幹に関わる安全保障領域においては半独立国の側面は残されています。

前者の明治維新でさえ、諸外国によって外発的に近代化された側面が大きいと考えられます。夏目漱石は講演で以下のように発言しています。<西洋の開化は行雲流水のごとく自然に働いているが、御維新後、外国と交渉を付けた以後の日本の開化は大分勝手が違います。(中略)つまりは何でもない、ただ西洋人が我々より強いからである。(中略)しかも自然天然に発展して来た風俗を急に変える訳にいかぬから、ただ器械的に西洋の礼式などを覚えるより外に仕方がない。(中略)我々のやっている事は内発的でない、外発的である。これを一言にして云えば現代日本の開化は皮相上滑りの開化であると云う事に帰着するのである>漱石

要するに、暴力の嵐が来たので国がなくなる前に、欧米の軍事力と経済力を取り入れるために、かなり急いで欧米のような国をまねて造った、これを外発的近代化と批判しているようです。植民地になることは、回避できましたが、江戸文明に生きた日本人は、明治維新によって全く違う日本人に変容してしまった。と渡辺氏は感じたようです。

太平洋戦争の敗戦後はどうだったでしょうか?明治維新を外発的と批判するなら、敗戦後の日本は、米国の意志のもとで、限定的な主権でありながら、なんとか国の生き残りを掛けた、といったことかもしれません。外発的な変化どころか、無条件降伏後に米国に主権を制限されながらも、将来に希望をつなぎ、とりあえずの限定的独立を達成できたのかもしれません。サンフランシスコ平和条約から高度成長期には、まつりごとに目隠しをし、経済のみに専科したことは、1つの生き残りに成功した国の形だったのかもしれません。

しかし、現在まで戦後77年間、主にソビエト連邦が崩壊時から、現在まで制限された国家主権がそのまま残っていることは、戦後、まつりごとに、一時的に目隠ししていた日本が、現在でも目隠ししている状態です。60年代、70年代の安保闘争は左翼的な流れと「独立」への意志が混じっていました。よって左翼政権にはなりませんでしたが、「主権回復や独立」も一緒に蒸発してしまったのかもしれません。学生運動の終焉以降、日本は2度目となる「まつりごとに目隠し」をスタートさせた。

戦後、2度に渡る「まつりごとへの目隠し」が、現在まで継続されている。制限されている国家主権の大きな流れかもしれません。恐らく「国民的議論のまつりごと」が成立していたのは1970年頃までであり、それ以降、現在まで国民は、まつりごとや政治を根本的に変えようというシリアスな議論は40年以上から50年は起こっていない状態です。逆に言うなら、80年代以降、まつりごとやシリアスな政治がなくても、経済だけで生きられた幸運な時代だったのかもしれません。

平成に経済成長の鈍化や没落が顕在化しはじめ、令和には経済危機の停滞と地政学的危機が、コロナ禍とウクライナ侵攻で顕在化しはじめたといってよいと思われます。40年以上も、シリアスな政治や、まつりごとの本質的議論を回避してきた国民習慣が、現在も継続されています。平成期に新自由主義やグローバリズムによって、日本の共同体は欧米なみに崩壊し、行き過ぎた個人主義もさらに加速されています。家族や仕事場さえ安定を意味する場所でなくなり、ほとんどの共同体が崩壊に向かっており、最期の共同体である「国」も小さな力しかない状態であり、脆弱でバラバラな個人が脆弱な国を形成している。

渡辺京二氏へのインタビューで1つ違和感がある。西郷隆盛「道義国家」の現代的評価・・・「道義」は没落から崩壊に向かっている。ゆえに西郷が生きて、現代日本を観れば「日本は滅びるであろう」と感じたのではないか?共同体の崩壊から国民に「道義」が失われているからである。明治維新以降の近代日本を、西郷が観れば昭和初期と、令和初期には国民に「道義」が薄れ「日本は滅んでも仕方ない」と感じたのではないだろうか?西郷は国民が天下国家に全員が参加する必要はないが、「道義」をもって生活をすればよい、と考えていた。国にとって最も重要である「道義」がないなら、天下国家(国の政策)以前の問題である。

昭和初期にも経済危機の停滞や共同体の崩壊が起こり「道義」が薄れ、滅びても仕方ない国であったが、なんとか敗戦後には「半独立」は達成できたのかもしれない。現代の令和初期にも、甚だしい「道義」喪失が発生し加速しているのではないか?であるなら、現在の日本は没落の連続から、本当に滅びに向かっているのではないだろうか。「道義」が薄れれば、社会は滅びへ向かうか、パニックにむかうのではないだろうか。

渡辺氏によれば、西郷隆盛が道義国家を現代版で、ひとことで表現するなら「生きがいがある国をつくろう」ではないかと・・・当初、あたりさわりない表現だと感じましたが、そうではないと改めて感じました。ひとことで表せば、国民1人1人が「生きがいがある国をつくろう」と、より意識し、より想えるようになることが、柔らかいナショナリズムの誕生といえるかもしれません。現在の日本人の多くが国はどうでもいい、国の存在が間違い、などナショナリズムがほとんどゼロ状態です。ここから「生きがいがある国をつくろう」と国民の多くが思うことが本当にできれば、それはやはり柔らかいナショナリズムの誕生といえます。その前提には、共同体の崩壊によって、国民である、ほとんどの「個人」の生き残りの砦として「国」という最期の共同体を認識することです。

現代の道義国家とは「生きがいがある国をつくろう」という国民1人1人の気持ちかもしれません。共同体の再構築が可能であれば「道義」は回復していくと思われますが(恐らく可能性が小さく、長期間の時間が必要で、間に合わない)柔らかいナショナリズムの浸透によっても、急ごしらえの「道義」が国民に形成されることは決して不可能事ではありません。

「道義」が再構築されていけば、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)、信頼関係、道徳などの修正によって、家族や仕事場や中間共同体が再構築される可能性がある(共同体の復活には時間が掛かるので、これだけでは間に合わない)よって柔らかいナショナリズムの浸透という概念が必要。日本に新型コロナによる緊急事態宣言の際「自殺率」が低下した。戦時体制の自殺率低下同様に、国の緊急事態によって急ごしらえのソーシャルキャピタル(社会関係資本)が発生していた可能性がある。道義やソーシャルキャピタルなどが急ごしらえで共同体意識を強化した現象である可能性がある。急ごしらえの共同体再構築よって「日本国」の崩壊や滅亡を避け、領土が戦場となることを回避して「日本の生き残り」を可能にできるかもしれない。漱石がこれを観れば「日本という国は、外発的近代化を何度も繰り返す」と皮相上滑りの政治・社会であると評するかもしれません。しかし、このまま滅亡するより妥当な選択であると思われます。

最初の明治維新は独立が維持され、2回目の太平洋戦争には半独立国家となった。近代日本3回目の地政学危機によって「独立国の維持」が達成できる保証はありません。令和初期が最も「道義」が薄くなった社会に陥っているとすれば「どのような政府や政策であっても滅びても仕方がない」と西郷は評するかもしれません。令和に柔らかいナショナリズムの誕生がなければ「道義」は消滅し、滅亡してもしかたのない国や社会に陥ってしまうかもしれません。

 

 

■柔らかいナショナリズム浸透には、社会思想(社会からの動機)ではなく、個人思想(個人の動機)から、ソーシャルキャピタルや共同体は、自分の豊かさのために、今、有力有効な考え方であり、共同体再構築には時間もかかり、以前同様の共同体復活は不可能なので、現在の個人化を全面否定せず、個人化をベースにケアやソーシャルキャピタルを通じて、共同体再構築を試みる。現実的な共同体再構築の参考資料がある。

個人化のもとで共同体はいかにして可能か 今田高俊

「近代化により計算可能性としての形式合理性が支配的になるとした。近代社会は個人化進め共同性を抑制する力学を持つ」ウェーバー

「こうした他者(事物をも含む)への関心-関与-応答の連鎖をケア(Sorge=care)概念よって定式化し、人間存在の原点、すなわち「現存在」を位置づけた。われわれは他者をケアすることで、自己の存在確認を得る。自分自身であるためには、ケアする他者が必要である他者が私を必要とする 他者性の再定位だけでなく、私も自分自身であるために、ケアの対象を必要とする」ハイデガー

「ケアの本質は「生きることの意味」を確認することにある。他人をケアすることで、本人は自分の生の意味を、生きている実感を獲得する。」ミルトン・メイヤロフ

「成人期に獲得すべき人生の活力ないし徳力(virtueとしてケアをあげている。これは倫理的な資質を備えた力であり、成人期にこれを獲得しないと、人生の停滞感と無力感に陥る)という」エリク・エリクソン

「社会関係資本は、信頼、互酬性の規範、ネットワークによって、人びとが共同性を構築する機能を担う。共同現存在が社会的に実現するためには、関心-関与-応答によるつながりが平和裏に作動することが不可欠である。それには信頼と互酬性にもとづくネットワーク形成が求められる。これらにより個人レベルでのケアによる相互応答的な支え合いが、「つながり共同体」へと止揚される。社会関係資本を基礎とした市民共同体(civic community)という概念を提出している」ロバート・パットナム

「近代にとっては、理論的には、単体(アトム)としての個人がもっとも適合的である。社会の機能合理化が貫徹していったとき、極論すれば、家族は必要でなくなる。核家族の機能である性愛、出産、社会化、親密性などすべてが外部化されるだろう。これでは国家解体の危機を迎えることになる。そうならないためには、手当てが必要である。」カール・マンハイム

「現代社会の位相を「リキッド・モダニティ(液状化した近代)」と捉える。近代が持つ個人化の力学を以下のように述べる。いまも昔も、流動的で軽量な段階の近代においても、堅固で重厚な段階の近代においても、個人化は宿命であって、選択ではなかった。個人に選択の自由は許されても、個人化を逃れ、個人化ゲームに参加しない自由は許されない。近代の個人化は、個人を共同体の拘束から解放し、自由と自律性を約束する意義を担ったが、その反面で自己決定・自己責任という論理を個人に強いてきた。そして「つながり」や「絆」が希薄化し、他者と共に生きるという社会的なもの(共同性)の本質が失われつつある。」ジークムント・バウマン

「物質的な豊かさの下支えがなされ、人びとの関心が所有ではなく、いかに生きるか、自己実現をはかるかといった存在関心に重心を移行した時代においては、自己の存在確認を求める私的動機が高まる。他者をケアすることで最終的に自己実現をすること、自身の喜びと生きる力を獲得することの重要性が高まる。それは私的ではあるが利己的ではなく、しかも利他的にも見える行為である。と同時に、個人主義ではあるが他者性の指向を前提としたものであり、他者とともに生きることをめざした共同体への道を拓く。」「つまり、ケアとは単なる他人への気配りではなく、自己の心の葛藤を克服する力でもある。ケアは人生の停滞感に陥らないために獲得すべき人間力なのだ。ケアに含まれる他者との関連にもとづいて、自身の存在の意味を問い、人間関係を組み立てることが、他者とともに生きるための基礎条件であり、個人化のもとでの共同性構築の基礎である」「論点は、個人化を前提とした共同性はいかにして可能かという問いにある。もはやかつてのように共同体の眠りについた個人ではなく、自由で自律した個人を前提にした共同性の構築を考えるほかない。」今田高俊氏 ※以上、「個人化のもとで共同体はいかにして可能か」のコンテンツより抜粋

矛盾するようだが「個人化を前提とした共同体再構築の可能性」の難易度として、人間は生産(仕事場)で、ケアや共同体構築が可能であり、消費行動だけでは、ケアや共同体が形成されない可能性を考慮する必要がある「人間は生産を通じてでなければ付合えない。消費は人を孤独に陥れる」福田恆存

個人化の中で、エゴの自我だけでは、死の前に停滞や絶望は回避できない。よって他者に自身と同じ、もしくはそれ以上の意味や価値を感じること、、、自身の死の前にあっても、自身同様もしくはそれ以上重要と感じる他者の存在があれば、死への絶望の意味は薄らぎ、残りの生も、意味が薄れることは少なくなる。すなわち人生の午後には、他者やケアがあった方が幸せを感じる。できれば他者の対象を人間にできれば、自身にとっても社会にとってもよりよいと思われる。つまりケアや社会関係資本や共同体再構築は、個人(自身)にとって重要で有効な思想であると感じる。共同体再構築は時間が掛かる。社会側からの動機のみではなく、個人側(自身)からの動機として、ケアや共同体再構築を求める動き(意識)こそ、柔らかいナショナリズムの浸透の本流かもしれない。

 

 

■「いわゆるマルクス主義では、国家やネーション(民族)といった上部構造は、経済的下部構造(生産力と生産関係)によって規定されている、という考えが支配的ですが、それだけでは説明できないことが多い」「そのため、マックス・ウェーバーは、近代の産業資本主義を生んだのはプロテスタンティズムであるとし、宗教的な上部構造の自立的な力を強調した。また、フロイトは、経済的下部構造ではなく、心理的な上部構造に、人間を動かす無意識の働きを見ようとした。それ以来、観念的、イデオロギー的な上部構造を重視する考えが強くなったといえます」「同様にマルクスは、貨幣の力が、商品の交換に根ざすことを見た。『資本論』で交換様式という観点を取ったとき、すでにマルクスは、ウェーバーやフロイトが気づいていたにもかかわらず、それを宗教や無意識に求めた問題を、交換、すなわち、広い意味で〈経済的〉な観点から説明できると思っていたわけです」(※マルクスとカント  )

「交換が〈霊的・観念的な力〉をもたらすということは、もともとマルクスが『資本論』で考えたことです。そこでは、貨幣・資本の力が、交換から生じる〈物神的な力〉だということを示していました」(国家・リヴァイアサン)商品は、交換されることで初めて商品としての価値を持つ。マルクスはそれを「命がけの飛躍」と呼んだ。(※マルクスとホッブス)

『力と交換様式』柄谷行人 ※『資本論』D社会到来の可能性について

「その意味で、貨幣も国家も、異なる交換様式から生じた観念的な力としてとらえることができます。さらにネーション(民族)についても同様のことがいえます。「重要なのは、これらの〈霊〉たちを一掃する力をもたらすものがある、ということなのです。それが交換様式Dです。そこに資本・ネーション・国家を揚棄する力が生じる。そうでないと、資本=ネーション=国家、すなわちA・B・Cの連合体が永続するでしょう」(※ヘーゲル史観)(※Aをモースとレヴィ=ストロースが探求)

Dによる社会がいつ到来するともしれないまま、世界は危機の中にある。柄谷さんは、Dの一つの表現として、マルクス主義思想家エルンスト・ブロッホの〈希望〉という概念を挙げている。それは、資本と国家を揚棄する可能性を指すもので、「中断され、おしとどめられている未来の道」の回帰だという。「未来の道」はブロッホのいう「未だ-意識されないもの」がもたらすものだ。こうしたDの可能性は、原始キリスト教や初期の仏教、あるいは共産主義の構想などとして、抑圧されても繰り返し歴史のなかでよみがえってきた。今後において、国家(B)と資本(C)が必然的にもたらす危機は繰り返しやってくる。しかし、それゆえにAの回帰としてのDは必ず到来する、というのが柄谷さんの認識だ。「〈希望〉がまだあります。絶望的な未来においてこそ」(※恩寵として到来する世界・・・今は待つしかないというヘーゲル史観)

資本、ネーション、国家が残っている以上、歴史の〈終焉〉はなく、〈反復〉があるだけです。たとえば、90年ごろにアメリカで言われた〈新自由主義〉は、その後、事実上、〈新帝国主義〉に転じた。つまり、90年以後の世界史は、別に新しいものではない。実際、ロシアとウクライナの戦争は、第1次世界大戦や第2次世界大戦の反復でしかない。

※20世紀の深刻で大規模な「経済危機」や「2つの世界大戦」、そして「米ソ冷戦」や「キューバ危機」などの人類の危機が、21世紀に繰り返される。ただの繰り返しに思えない。21世紀には想像を超え、さらに「国家」や「資本」が、拡大された側面が多くみられ、さらにダイナミックに「国家」や「資本」が、世界や社会に強靭化されて、加速して増幅されている可能性が高い。よって21世紀は「20世紀の人類の危機」増幅版である。

※D交換社会が世界に発生・浸透するか否かはわからないが、地域的に点在して行く可能性はあるかもしれない。現在はそれらの点さえも不確かで、発生の根拠があいまいである。イザ本当にD交換地域社会が形成された場合、点から線、線から面へと世界に浸透する可能性もある。しかし、それは強靭化した、さらなるダイナミックな「国家」や「資本」が、21世紀に、深刻で大規模な経済危機や、さらなに大きな人為災害としての世界大戦の繰り返しなどから、大崩壊が繰り返されたあと、それらの危機の反省から、一部の社会や国家が、D交換社会に変容していく可能性はある。キューバ危機の再来によって、全面核戦争が勃発した場合、最期の世界大戦の早期終結と近代の早期終焉に至ってしまうだけであり、タイムマシンのようにA交換社会が大復活してしまう。しかし、キューバ危機再来が全面核戦争前で寸止めされ(たとえば、複数の大都市に10発程度の核攻撃によって、数百万程度の直接の被害者と、その後の大都市や国の機能不全から、数千万単位の被害者が、短期間に発生しながら、幸運にも全面核戦争が避けられた場合など)その後、人類や国家は恐怖の総和から、一時的には国家的反省が発生し「国家」や「資本」の見直しが再考され、D交換地域社会の基盤となる国家意志が発生するかもしれない(AからDではなく、BからDへ変容がはじまる、その後CからDへの変容がはじまる)

※しかし、実際の歴史は、イスラムの影響を受けた、新オリエント時代の到来と同時に、近代の終焉(人類単位の人口減少)もはじまる。21世紀の終盤には、BとCは縮小するが維持され、Aが拡大し、B・C世界の一部にD地域が点在発生するかもしれない。よってヘーゲル史観ではなく、近代の終焉から、一部は帝国主義の復活や中世封建社会へ回帰する。一部はB・Cの縮小維持、B・Cの一部地域にDが発生する。近代の終焉のため、D交換社会は世界に浸透せず、広く観るとABC併存の繰り返しともみえるが、限りなくA交換社会が拡大し、もちろん歴史の終焉ではないが、①反復から②BとC揚棄からDではなく③反復と回帰の歴史となり、帝国主義や封建社会への回帰と、近代B・Cの縮小残存が同時に進行してしまう。D交換社会は到来しないかもしれない。もしくは、21世紀中盤までに、欧米や日本(成熟し絶望した資本主義国から)において恩寵が起こらない場合、21世紀終盤のイスラム諸国の中から、D交換社会が突然発生し世界に浸透していくのかもしれない。

●エミール・デュルケームは、経済的下部構造に還元されないような上部構造がもつ力を「社会」に見いだしたといえます。彼はそれを「社会的事実」あるいは「集合表象」と呼びました。それは、個人の意識・心理を越えたものであり、また、それらの総和以上のものです。たとえば、デュルケームは、神と呼ばれているものは、実は社会であるという。つまり、彼は神のように働く「力」を、ウェーバーのように宗教を持ち出すことなく、説明しようとしたといってよいでしょう。柄谷氏 (※マルクスとエミール・デュルケーム)

●吉本は幻想領域を概念化することで、マルクス主義が扱ってきた経済領域と観念領域の結びつきを、相互に切り離した状態で考察できるようになると考えた。すなわちマルクス主義における観念領域を表す上部構造を「手垢がついている概念」であるとして、それを「全幻想領域」といいかえる。その構造の解明はどのように可能になるのかという問題意識から、三つの幻想領域が概念化された。また「共同幻想は個体の幻想とは逆立する」といった表現に、マルクスのフェティシズム論(人間が作り出した商品世界に人間自身が従属させられる状況)の影響をみることもできよう。あるいはフランスの社会学者エミール・デュルケームによる集合表象(個人表象と区別され、それ独自のまとまりをもつと考えられる集団の観念)との類似性も指摘できる。同様に日本では、中村雄二郎による「共通感覚」、廣松渉による「共同主観」などが近しい領域を指し示す概念として使用されている。以上ニッポニカより(※マルクスと吉本隆明とデュルケーム)

 

 

■戦後77年の2度に渡る、マツリゴトの目隠し(敗戦と安保)から、日本人が目覚めざるえないときが迫っている。近代日本に3回目の地政学的危機が迫っているからだ。日本はあと2段階の没落と、外発的な地政学危機も加わり、米国が東アジアからの軍事的撤退局面(2030年代)には、内政の混乱に陥り、急進的な全体主義に至るか、滅亡直前の機能不全社会に至るか、または両方が混在する社会に陥る可能性が高い。近代日本3回目の亡国危機が迫っており、戦後2度のマツリゴトの目隠しから、目覚めなければならないときが迫っている。

2020年代に、柔らかいナショナリズムが、誕生するか否かで、次の亡国危機への対応範囲と戦略範囲が決定されるだろう。共同体の再構築も同時並行すべきだが、それだけでは間に合わない。2020年代に日本人が「国」へフォーカスすることが、個人の生き残りの最期の砦であることを認識する必要がある。その認識こそ、柔らかいナショナリズムの浸透である。

経済危機の長期化と食糧エネルギーの将来不安が、10年間の大不況の最期に1929年世界恐慌と1930年の昭和恐慌によって、日本は、1931年には、未曾有の経済危機と農業危機が発生した。1920年代よりハードなナショナリズムが、軍、メディア、国民に浸透していたため、同じ1931年満州事変勃発より、1939年の第二次世界大戦に巻き込まれて行った。1920年代の恐慌や大不景気の停滞から、1930年の昭和恐慌が経済的致命傷となったといえる。1930年より社会は大混乱となり、ハードなナショナリズムが後押し、海外侵略によって「10年以上停滞する経済危機と1930年からの未曾有の経済危機」を回避しようという意思が、1931年満州事変勃発に顕在化してしまう。

よって令和初期の2020年代には、①経済危機を停滞させてはならない②食糧・エネルギー不安を早急に解決する③国防安全保障の準備によって侵略を防ぐ。日本の海外侵略は経済危機の回避に有力ではない。令和の国防は「日本を再び戦場としない」ことに徹すべき。ハードなナショナリズムによって国家間競争のみを、経済危機回避の唯一の方向にしてはいけない。国際競争にこだわりすぎなくとも、国内中心で「生きがいがある国をつくろう」とすれば、少なくとも過剰な閉塞感は回避され、戦争に頼らず経済危機に対応できるはずです。大国間の戦争論理に巻き込まれてはいけない。他国の紛争に加わらないで、防衛に徹するべき。再びおいつめられないように、経済・食糧エネルギー・国防・安全保障を日本主権で進める。

経済・食糧エネルギー、国防に追い詰められなければ(追い詰められても)ハードなナショナリズムではなく、柔らかいナショナリズムの浸透の準備ができれば、戦争を回避し【日本を再び戦場にさせない】可能性を高くできる。「ナショナリズムゼロ」でも「ハードなナショナリズム」が浸透しても【日本は再び戦場となる】可能性が高まると思われる。

第三次世界大戦と全面核戦争の危機「ウクライナ侵攻から21世紀のキューバ危機へ」

 

■柔らかいナショナリズムによって「生きがいのある国をつくる」と同時に、以下3つの安全保障政策は重要と考える。「日本を再び戦場とさせない」とするなら、この3つは重要要因と思われる。

①深刻な経済危機停滞の回避
②食料エネルギーの安全保障
③自主防衛と核武装

自主防衛と核武装によって、日本が戦場となる可能性を小さくできる。ウクライナは自主防衛できていなかったことも、戦場となってしまった一要因であり、ロシアは核武装要因から自国領土が戦場になっていません。【自主防衛は国益ではない戦争に巻き込まれにくいメリットがある。核武装は自国領土が戦場になる可能性を小さくさせるメリットがある】

 

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疫病・恐慌・戦争・革命・飢饉・21世紀の人類の危機

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