バリ・ヒンドゥー – bali-chili https://bali-chili.com Tue, 20 Apr 2021 13:48:17 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.1.10 【ガルンガン】お祈りとお供え物 https://bali-chili.com/20210420/ https://bali-chili.com/20210420/#respond Tue, 20 Apr 2021 09:04:20 +0000 https://bali-chili.com/?p=15089 上写真は、お寺にお供え物を運んでいるところです。数十回分のお供えが入っている大きな籠と、ソカシを頭にのせます。

ガルンガンのお寺の一部

お寺には、たくさんお祈りをする場所があります。上写真の前でも、入れ替わり立ち代わりお祈りや、お供えが行われていました。

お寺でお供え物の準備をする少女

お供えの直前には、段取りが必要で、専用の場所で、神様の前でスムーズに、お供えできるように準備します。

ガルンガンのお寺

こちらは靴を脱いで、2階に登り、多人数でお祈りをしていました。かなり歴史のある建物の造りでした。都会に出た人間は、ここに来ると「帰ってきた」と、思わせるような空間、ではないかと想像しました。

お寺でのお祈りする青年

神のため、ご先祖様のため、周囲の人間のためなどに、分けてお祈りを行い、多くのお祈りは、1人ではじめ、1人で終わります。※撮影後に掲載許可を頂くよう努めています。

 

【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村

写真集「BALINESE」※PCでの色彩閲覧をお勧め

疫病・恐慌・戦争・革命・飢餓・未知なる世界に突入

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コロナ禍の儀式 https://bali-chili.com/20210417/ https://bali-chili.com/20210417/#respond Sat, 17 Apr 2021 09:08:35 +0000 https://bali-chili.com/?p=15078 新型コロナウイルスが、バリ島で感染拡大して以来、バリヒンドゥーの儀式の多くが中止されたり、制約を受けながら行われています。

お寺に向かう女性

ガルンガンとクニンガンの儀式でも、将来、マスク着用姿の写真が、コロナ禍であった時代の証明になるに違いありません。

マスクをする少女

バリ島の実質的倒産件数や失業率は、世界トップクラスであることは想像できます。儀式において、ペンジョールやお供え物などは、頻度が高く大きな出費ですが、

ガルンガンの朝、お寺に向かう女性

これだけ維持して、華やかな雰囲気を出しているところに、信仰の底力を感じます。

ガルンガンのお祈りの準備

ガルンガン当日に、早朝から昼まで、村やお寺周辺を、みていましたが、コロナ禍における、経費削減や意気消沈の空気は全く感じさせず、例年同様、明るい挨拶を頂きました。生活苦は明らかですが、神様やご先祖様の前では、凜とした意識でいられるのかもしれません。※撮影後に掲載許可を頂くよう努めています。

【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村

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ガルンガン早朝の祈り https://bali-chili.com/20210416-2/ https://bali-chili.com/20210416-2/#respond Fri, 16 Apr 2021 10:13:37 +0000 https://bali-chili.com/?p=15058 上写真は、ガルンガンの朝、自宅前でお祈りの準備をしているところです。ペンジョールが飾ってある家は、ガルンガンの朝、正装でのお祈り風景がよく見られます。

お寺内の建物

上写真はお寺内のお祈りをする建物です。線香がたくさん炊かれていました。

お寺のお祈り

家周辺、村周辺、お寺の周辺、そして敷地内の多くの場所で、お供えとお祈りをするので、ガルンガンのときは、特に、たくさんのお供え物が必要になります。長時間に及び、小さい子供は飽きてしまいます。

ガルンガンの朝のお祈り

小さい頃より、家族と一緒にお祈りすることで、祈りやメディテーションは鍛えられていくのかもしれません。長年思っていたのですが、お寺から帰宅した人と話すと、寛大な意識である、ことが多いことに気が付きます。何かいいことあったのですね。※撮影後に掲載許可を頂くよう努めています。

【ガルンガン】早朝の風景

【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村

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【ガルンガン】早朝の風景 https://bali-chili.com/20210416/ https://bali-chili.com/20210416/#respond Fri, 16 Apr 2021 08:49:02 +0000 https://bali-chili.com/?p=15047 ガルンガンは神様やご先祖様が、家を訪れるというお盆似た信仰でもあり、また、バリヒンドゥーの伝説では、正義が悪に勝利した日、という1,000年以上前、バリ島の政治的独立が背景にある信仰の独立記念日的な側面もあると思われます。

早朝のパンリプラン

よって、日本のお盆のように静かにご先祖様を迎えにいく・・・・という雰囲気だけではなく、ペンジョールや豚料理のごちそう、女性の艶やかなクバヤ姿、これらは、どちらかというと日本のお正月の雰囲気であり、明らかに楽しい「おめでとうございます!」の空気が街や村に漂います。

早朝の山紫陽花

厳かにお寺に出かけたり、厳粛なお祈りもしますが、同時におめでたくもある、お盆とお正月がいっぺんにきた、とはガルンガンのことではないでしょうか。個人的なイメージでは、神様、ご先祖様、ご近所、親戚、家族、友達、総出で一緒に祝うパーティです「お盆+お正月+お祭り=ガルンガン&クニンガン?」

ガルンガン早朝の祈り

神様やご先祖様に会うことは、恐れるばかりでなく、ウキウキとした、楽しみでもあるようです。多くの神様や、多くの死者に、率直に相談しているようです。生きている人間と、亡くなった人間は、いつも身近に繋がっているようです。※撮影後に掲載許可を頂くよう努めています。

【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村

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参拝に向かう少女 https://bali-chili.com/20210331/ https://bali-chili.com/20210331/#respond Wed, 31 Mar 2021 07:46:40 +0000 https://bali-chili.com/?p=14907 バリ島の子供たちは元気だ、と言われますが、先進国のツーリストはおおよそ同様の感想を持っているようです。先進国には子供達が大騒ぎできる、家庭や場所がないのかもしれません。また子供が大騒ぎすることを教育上よしとしないのかもしれません。

よって先進国の子供は大人しく観えます。なにかの記録フィルムでは1950年代は、東京の住宅事情はすこぶる悪く、6畳の部屋に3-5人が同居する家庭も多かった、と紹介していましたが、フィルム中の子供達は大変元気に道端で遊んでおり、つい最近までのバリ島のイメージを思い出します。

日本はそんな元気な子供達がいる家庭を中心に、高度成長を成し遂げていきます。バリ島もインドネシアも子供達が元気なので、経済成長を成し遂げるのかもしれません。

上の写真は、女の子が、お寺にお参りに出かける前のものです。何か困ったことがあったのでしょうか、渋々家から出てきました。この直後、女の子のお友達と一緒に、元気にお寺に歩いていきました。経済成長中であれ、元気な子供達であれ、悩み事のない時代などないと思われます。(※撮影後に掲載許可を頂くように努めています)

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サケナン寺院のイブイブ https://bali-chili.com/20210330/ https://bali-chili.com/20210330/#respond Tue, 30 Mar 2021 12:19:21 +0000 https://bali-chili.com/?p=14899 この写真賑やかで楽しそうです。もちろん新型コロナ前です。バリ島ではバンジャールの既婚者の女性たちをイブイブと言ったりします。やはり年長者になるほど迫力や自信がでてくるように観えます。40年前で私が小学生の頃、祖父の葬儀の際、自宅に大勢の関係者が出入りしておりました。その際台所には近所の奥様達が大勢出入りして、お通夜から葬儀までの間めんどうをみてくれます。この台所の近所の女性たちの雰囲気と写真のイブイブのイメージがいつも重なります。昭和には現在のバリ島に近い共同体があったと思われます。

白のレースのクバヤ。この日は帯はパステルっぽい色で統一、腰巻は自由な感じでしょうか。最近はクバヤの細かいれレースやスケルトンっぽいデザインでお洒落なものが多く出ています。これは大人な感じだけど直視できない、なんて大胆なデザインも増えています。神様の前で失礼というより、大胆さで神様も喜んでしまうのかもしれません。

バリ島の儀式では男性も女性もこの白色が印象的ですね。お坊さんも含めて白なので大勢集まると真白。男性は頭に巻くウダンの白が光ります。これは巻き方にお洒落やこだわりがあるようです。お寺やビーチが真っ白で埋まります。真っ白な迫力や神聖な感じはバリ島ならではの景観ですね。それにしてもこの写真のバレに一休みしているイブイブからは豊な時間が流れているのが伝わってきますね。共同体は豊なだけではなく、めんどうなことも多いのですが、新型コロナウイルスによって、無くては生きていけないことが浮き彫りになってきました。

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ムラスティが早く復活しますように。 https://bali-chili.com/20210329/ https://bali-chili.com/20210329/#respond Mon, 29 Mar 2021 12:08:47 +0000 https://bali-chili.com/?p=14881 新型コロナウイルスの影響で、バリ島は2年連続で、ニュピ前のムラスティとオゴオゴが中止となりました。特にビーチのムラスティが長らくないと、ツーリズムだけではなく、バリそのものの何か大切なものが消えてしまうような気がしますね。

ビーチのムラスティで毎年注目しているのは、儀式やお祈りが終了したときのタイミングです。いわば集団での瞑想を終えたあと、もう夕陽が沈む直前に立ち上がり帰る準備をしながら、周囲と話したり、なんとなく海の方角を見つめたりするときです。緊張から解放されることもありますが、多くの人がいい顔(表情)をしています。優しい表情になり、周囲との何気ない会話がはずみ、ビーチ全体が大きな家族になったようです。お祈りをしたあと皆、少し勇気を得たようで、瞬時に根拠のない希望で満たされてしまったようです。

ビーチの海沿いを帰路につくシーンこそがムラスティの最も美しいタイミングであると思えてなりません。儀式で皆クタクに疲れているのですが、ビーチで煩悩を小さくし、オゴオゴやニュピ、すなわちゼロに向かってさらに神々を意識し、煩悩をぬぎすてニュピへ向かう喜び。その喜びが帰路について歩く1人1人の表情に現れているようです。彼らの喜びはダイレクトに伝わり、周囲で観ている者にも根拠のない希望が共有された瞬間が感じられます。人生の発見があるかもしれません。希望に根拠がいらないのなら帰国後、日本でも希望を発見できるに違いありません。

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【クニンガン】静寂の祈り、先祖や精霊が再び旅立つ日、 https://bali-chili.com/blog-balichili-20200228/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20200228/#respond Fri, 28 Feb 2020 08:41:56 +0000 https://bali-chili.com/?p=12231 今日、明日とバリ島ではガルンガンの一連の最終日「クニンガン」。自宅に帰ったご先祖様や精霊が天に再び帰る。

クタ地区にも近い、スランガン島のサケナン寺院では「クニンガン」を盛大に祝うべく参拝者と出店で境内はあふれる。

普段の島の住民の何百倍の参拝者が訪れるため、臨時の駐車場や出店で連日、大変なことになる。

参拝者がほとんどなので、正装の男女姿に圧倒される。

普段目にできない、近隣のお寺のご本尊様や祭壇をみることができる。

普段はバンジャールにある、バロンも神様なので、天に帰るべく、サケナン寺院にやってきた。

サケナン寺院の歴史はとても古く、そもそも最近まで、橋のかかっていない島に、なぜ船で大勢の参拝者が集まることになったのか?

この石の塔は明らかに、とても古いもので形もめずらしい、最初のサケナン寺院の塔

こちらは周辺バンジャールの宝物の3Mほどある巨大人形

こちらは出店のソトミー

これは元祖バビグリン、豚の丸焼き、

出店の金魚と目が合う・・・

子供達の正装がかかわいい

クニンガンは、しばし、懐かしい家族やご先祖様との別れでもあるのですが、親しいひととのお別れは、「家族で賑やかに、静寂の祈りで見送る」と人間関係と姿勢の原点がみられる気がします。

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もうすぐ【ガルンガン】バリ島の象徴と言える、絶好のペンジョール観光ができる時期! https://bali-chili.com/blog-balichili-20200210/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20200210/#respond Mon, 10 Feb 2020 08:17:57 +0000 https://bali-chili.com/?p=11543 日本のお盆に近いといわれます。日ごろからのスンバヤン・オダラン(セレモニー)が連日、盛んに行われます。約1000年前にジャワ王朝から、はじめてバリ島が独立を試みている際の物語で、神を信仰しない悪の王に対して、正義の使者が成敗し、はじめてバリ島に善が成立した。という内容ですが、バリの神様の信仰の正当性がうたわれています。この戦いによってティルタエンプルの聖水が生じた。

正統な王はバリの神を信仰する、とのプロパガンダにもとれますが、バリ島がはじめて独立する際には、わかりやすい物語りで民衆に浸透させる必要があったかもしれません。その正義がはじめて勝ったときのお祝いがガルンガンのはじまりと言われています。よってガルンガンは宗教的な儀式であると同時に、政治的なバリ独立のお祝いのニュアンスも含まれており「バリ島が独立している」という表現も含まれている気がします。誇らしげな独立記念日の雰囲気もあるのかもしれません。

よってか、一連のセレモニーでガルンガンが最も積極的な「お祝感」がある気がします。ガルンガンにはペンジョールという竹細工が各家の前に飾られる。このペンジョールこそガルンガンの象徴といってもいいほど印象深い風景をつくる。500年程前に高僧の影響ではじめられたといわれているそうです。ペンジョールはガルンガンどころかバリ島を象徴する風物詩ではな目印としての役割があると言われています。よって以前は自分の家のペンジョールは家の男がすべてハンドメイドで造っていましたが、クタエリアなどでは購入する家も多いので同じデザインのペンジョールでご先祖様が迷ってしまいそうです。

家によって違うので現在でもオリジナルの自然素材のみの見事でかっこいいペンジョールを飾る家もありので注意して観てくださいね。日本でも以前はお盆には大勢親戚が集まり賑やかだったことを思い出します(葬儀も)日本人も年2回盆と正月といって実家に一族、田舎に大勢の人間が集まりました。お寺も大混雑でした。バリ島は210日に1回ガルンガンがめぐってくるので、年2回程度、ご先祖様と一緒に過ごします。こちらは、まだまだ大勢人が集まり、お寺に集まり、大変賑やかで華やかな空気となります。日本では現在、葬儀屋さんに「直葬」:葬儀やお通夜などをしないで直接焼き場に向かうこと」の問い合わせが急激に増加しているそうで(葬儀屋さんも困ってしまう)のですが、本当に近い将来、あらゆる意味で「直送」の割合がトップにある可能性があるそうです。病院などでお亡くなりになったあっと、どこかの施設で一時安置、その御すぐ焼き場へ、ようするにメモリアルホールの家族の集まりさえもしないで、最低限の役所のルールの範囲内で、葬儀関係のコストをミニマムにする。

人間が亡くなった際に、セレモニーを全くしないで終わらせる。葬儀費用が最大の問題かもしれませんが、生きている際に、よくも悪くもドライな人間関係になってきたのかもしれません。集団から個へはドラステックすぎるど、すべての集団(家族から国家まで)を解体し、個の単位の優越性が進んでいるようです。このまま日本が収縮し、インドネシアが成長すれば15年後にはGNPも追いつく可能性もあるかもしれません。バリ島のガルンガンなどの地域やお寺や家族が集まるセレモニーも、30年後は日本のように「直葬」が流行りはじめるのでしょうか?日本のように先進国は多かれ少なかれ集団が解体しているので、バリ島の「集団」のセレモニーを興味深く観ます。集団による弊害も多く感じますが、集団によるすばらしさもありそうです。よってバリのセレモニー期間などは、懐かしく感じられることも多いかもしれません。

【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村

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「サヌール名物」ダナウタンブリンガン通りの葬儀セレモニー行列! https://bali-chili.com/blog-balichili-20200121/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20200121/#respond Fri, 10 Jan 2020 08:18:27 +0000 https://bali-chili.com/?p=10986 年間を通して平均、月4-5回、観光地サヌールのメインストリートであるダナウタンブリンガン通りを、短い時間封鎖して、バリヒンドゥーの葬儀行列がある。多いときには1日に複数組で連日通る暦のときもある。この日程や時間が数か月前より調整できれば、サヌールは世界的な葬儀ツーリズムの観光地となっていたに違いありません。現在でも1つの葬儀日程を数か月前から、時間も含めて設定したり約束するのは無理なイメージです。ただし、サヌールに週単位で滞在する欧米人は葬儀行列をみられる可能性は高いと思われます。(観たければ、直前には日程がわかることが多い、あとはそのバンジャールに連絡して当日、当日の時間を把握します)ウブド王族の仮想セレモニーには何万人ものツーリストが見物して、大変有名ですが、サヌールの普通の葬儀はあまり知られていません。

しかしその豪華さは日本でいえば年1回のお祭りのお神輿や山車を一緒にしたくらいの豪華さ、だいたい葬儀なのにお祭りなのか?と、やはり葬儀行列はドンドンと生楽器演奏や派手は服装、全体の勢いからいって、明らかに祭りに近いのです。

ここで、失礼な発言をするな、そもそも葬儀を見世物にするとは何事か!など、お叱りの声も聞こえてきそうですが、バリ島の葬儀はツーリズムとして、国、バリ州、バリヒンドゥー、などで十分にコンセンサスが取れています。また、観るほうであるツーリストの立場として、「失礼」ではなく、参加たく、盛り上げる意思があれば、葬儀行列を「表現」として、楽しく感銘をうけながら鑑賞することは問題ないと思われます。

ただし、先進国地域から来ると死者を冒涜しているとか、静かに礼儀正しく見送るべき、と発想しますが、バリ島の葬儀行列の鑑賞は冒涜でもなく、無礼でもなく、ツーリズムの一形態として、楽しくダイナミックに参加できると考えます。

また、ツーリストはここから、先進国の自身の国地域(日本も含む)でな葬儀はなぜ、厳格で静かで深刻な悲しみを必要するのか?という疑問が発生し、原始共同体により近いこの葬儀は、なぜお祭りのような表現なのか?と同様の疑問が出ます。深刻な悲しみの表現とお祭りの表現は正反対のイメージです。私たちの祖先の葬儀も現在ほど深刻で礼儀が多くあったとはおもえません。もっと病人や死者が頻繁に出て、簡単な葬儀で、「死」そのものが身近であったゆえに、「死や死者」をそれほど、遠く離れた、わけのわからない存在に祭り上げる必要もなく、日常の中に死が溶け込み、実際近親者がなくっても、現在ほどの衝撃(ショック)を受けなかったのではないでしょうか?

ちなみに動物の犬や猫は近親者の死に対してそれほど悲しみません。というより彼らに死は存在しません。よって、現代人は死を遠いかなたの、全くわけのわからない恐怖の対象と捉え、死や死者がある、葬儀を恐怖すべき畏怖すべきものとして、より礼儀を深め、より祭りの喜びとは反対の悲しみや恐怖を増進させてきました。おおよそ近代世界はこんな方向の社会なので、私たちはお祭りのような葬儀に出会うと、知性もつ人間ほど、より大きな違和感を感じるはずです。だからといって先進国の葬儀参加者が不幸ですね、とかの話ではありません。ツーリズムなのであくまで葬儀ツアーに参加された方は自身が生まれ育った社会の考え方とは全く違う世界がある、と確信できるはずです。少なくとも自分自身が正反対のお祭り葬儀に参加して、この感覚はなんだ?この死者の周辺で騒がしく、楽しくするの感覚は?一部の発想として、これが死者と死を歓喜で対応してもよい、と考えられます。

つまり悲しんで絶望して死を迎えるのではなく、喜び騒がしく死をむかえる発想です。これはバリ島の葬儀にとどまらず、日本おいて自身の死、に置き換え、自分が死に直面した際、騒がしく歓喜をもって受け入れても構わないことがわかります。宗教信仰のテキストでは人間が死んだあと、喜ばしく天国に行ったり、喜ばしく生まれ変わったりと、各物語がありますが、いずれも「喜ばしく死んでいい」と教えてます。物語は別として、悲しみ恐怖するだけより、喜んで死んでよいと思われます(なかなか完全にはできなそうですが)このように深読みすると、バリ島の葬儀ツアーから、自身も歓喜をもって死んでも一向に問題がないことに気がつきます。それはバリヒンドゥーの物語を知らなくとも、葬儀の様子だけで、確信できます。葬儀ツーリズムばかりではなく、旅行自体、普段には全く触れられない発想に触れ、人生や生命を根本から見直し確信する、きっかけに満ちている時間だと思われます。バリ島の葬儀を見に行きたい、と少し思った瞬間から、すでに大きな変化が始まっているのかもしれません。

 

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【ティルタエンプル寺院】1,000年前バリ島独立の機運を高めたお寺。バリ人の源泉! https://bali-chili.com/blog-balichili-201912013/ https://bali-chili.com/blog-balichili-201912013/#respond Fri, 13 Dec 2019 07:31:21 +0000 https://bali-chili.com/?p=9778 ティルタエンプル寺院、バリ島にはたくさんお寺があり、地域にあり、村にあり、ブサキ寺院のような総本山もありますが、ティルタ寺院にはバリ島全域からバリ人が集まります。先祖のお寺というよりは信仰で集まるお寺かもしれません。

約1000年前、ジャワの王朝の影響下にあったバリの王達は長らく独立を願っていました。バリの神様の信仰、バリの独立政権、バリ人の独立性は、一夜にしてなるものではありません。王朝も国民も長い間、独立のための意識を高めなければなりません。

そんな背景があり、この寺院の信仰や物語がバリ全域に広がっていきました。この物語の中の「水」こそ、ティルタエンプルの聖水で、この水をもとめてバリ島中から定期的に参拝する人間も少なくありません。

現在でもバリ人の間では、ティルタエンプルの聖水に大きな意味があり、毎日のお祈り用の水として、持ち帰る人間が多いのです。古いお寺は他にもあるのですが、この寺院への信仰は、ひとことで「熱い」のです。

日本でも明治維新の際には、日本の近代化のために、中央政府からさまざまな物語が発せられ、福沢諭吉などが西欧文明の紹介の際、取り入れるべきものも多いが、日本流の思想を捨てることではないと・・・ジャワ王朝の軍事力や政治は巨大で見習い追いつくべき、しかし、バリ人の神、バリの思想を捨てることではなく、さらに深く意識的にバリの神に近くあること・・・

そんな発想から、ティルタ寺院は、今までのバリの信仰より、より強い意識的な信仰を目指し、実践を始めたのに違いありません。よりバリ文化や信仰を深めつつ、「富国強兵」を目指し、ジャワからの独立を得ました。このとき本当に現在の「バリ人」の源泉だったのかもしれません。

この時期のグヌンカウイ遺跡も、バリでは空前絶後の巨大なもので、そのときの王様は、なぜ、巨大すぎるほどの遺跡(墓)を造らせたか?また、オリジナリティあふれるデザインだったのか?恐らく王は、ジャワを意識し、バリ島が独自の文化文明をもつ、独立国家であることを内外に示したのかもしれません。このときの、勇気ある、誇り高き、バリ人の末裔であることを、現代のバリ人は意識的に無意識的に、誇りに思っているのかもしれません。またそのような独立期の過酷な時代背景の「信仰」が、深く豊な信仰であったからこそ、ティルタエンプル寺院は例外的に信仰を集める寺院になったのかもしれません。

 

 

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スカワティ地区・バトゥブラン通りのお寺【Pura Desa Tegaltamu】 https://bali-chili.com/blog-balichili-201912010/ https://bali-chili.com/blog-balichili-201912010/#respond Tue, 10 Dec 2019 09:10:53 +0000 https://bali-chili.com/?p=9711 ウブド方面のツアーやチャーターカーをご利用の場合、サヌールを超えて、すこしすると、「石の村バトゥブラン」などのアナウンスや「午前中のバロンダンスの会場」としてバトゥブランの名前を聞いたことがあるかもしれません。スカワティ地区にありますが、サヌールからウブドへの道のりの「バトゥブラン通り」としてウブド方面観光で通る道です。バリ島のお寺は総本山「ブサキ寺院」をはじめウルワツ寺院やタナロット寺院など、大観光地となっているお寺が有名ですが、地域のお寺や村のお寺、個人のお寺など無数に存在します。今回は【Pura Desa Tegaltamu】をご紹介しますが、ツーリストの間では無名といってもいいバトゥブランにあるお寺です。

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※バトゥブラン通りのバイクのガソリン販売

それではなぜ、Pura Desa Tegaltamu、をご紹介するのか?こちらは以前から、ウブド方面の途上、「ちょっといいお寺かも」と思っていたお寺でした。勇名なサテ屋さんに立ち寄るのがメインでしたが、

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こちらの、お寺かメインとなってしまいました。上写真はバトゥブラン通りの小さな氏寺のお供え物。サヌールを通り過ぎると、まだまだ田舎のゆっくりした感もあります。

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上記写真は道に咲いていたヘリコニア

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ヘリコニアを育てていた家

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そのお隣は人気サテワルン「SALI ALIT」

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ウブド方面の道中、ちらっと見える。

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サテリリットがおすすめ!なんか楽しそうに働いていました。

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サテ屋さんを後目にウブド方面5分程度でPura Desa Tegaltamu に到着。駐車場もなくお寺なのでガイドさんと一緒に来た方が無難です。一般的な観光地ではありませんのでご近所さんに注意ください。

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まずこちらバトゥブラン通りの歩道からみた Pura Desa Tegaltamu のバレ・クルクルの塔。クルクルの下部分と歩道。
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最近は村のお寺もより簡単な造りへと変わっているので、観光地でない村のお寺でカッコよいものがあれば、かなり貴重かもしれません。

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クルクルの塔中段部分、この木製の鐘を、人間を集めたいときや、非常事態の際などに使われてます。ポクポクと音色の違いで、地域に情報を発信してきたようです。

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バレ・クルクルの下部、石の装飾で覆われています。通りすがっただけで、ここが重要な施設と理解できます。古来神殿や寺院は、各時代・各地域の最も長けた芸術家や職人が携わってきました。

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最近は石の職人さんの仕事が世界中で評価され、インドネシア内でも引き合いが多いため地元の村まで優秀な職人さんの手が回らなくなっているようです。そんな中、この村のお寺はかっこよくできていると思いました。

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ツーリストがほとんど立ち寄らない、この地域の村人が参拝するお寺なので、おおきなセレモニーの前ではないと雑草もそのままですが、

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まったく新しく造るお寺は相当な出資がないとカッコイイお寺は簡単にはできないようです。こちらのお寺は昔に造ったお寺であることと、

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村のお寺の修復がていねいな感じがしました。古くなり破損・摩耗した箇所が時代ごとに修復されているような・・・(素人なので詳しくわかりませんが)

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この地域がバトゥブランなので、資金とは関係なしに、地元の寺だからと、石職人さんが採算とは関係なしにお寺を修復しているのかもしれません(想像)

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こちらのレリーフなど村の小さなお寺では、なかなかカッコイイ気がします。

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バリ島では、よく見かけますが、おじさんというか強面のかみさまの石像にも花を耳にかけたりしますが、かなりミスマッチでチャーミングですね。

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バリの建築物でもクルクルはユニークで味がありますね。

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クルクル下部分のレリーフですが、

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彫られている2-3cmほどのお猿ですが、歯を出していますが複雑な表情をして固有の顔で描かれているのかもしれません。牛さんも人間のような表情で笑っています。

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クルクルの隣の時計台のような塔ですが、緻密な造りをした石像があります。

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車をされて騎馬戦をしているような体制のかみさまの石像が置かれています。こちらはカッコイイですね。20cmほどの高さで小さいのですが、緻密な造りをしています。

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塀も小さな村のものとは思えない立派な造り、補修もしてある。

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さきほどの神様を違う角度から

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できるだけアップ・・・ご神体などどして屋根のある寺の奥にしまっていくのでなく、雨露や強い直射日光が毎日あたる、外にある、こんな緻密な造りを外に置くこと自体、大胆な発想と思われます。

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レリーフというよりは飛び出す石像

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下から見上げると緑もキラキラ

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向こう側にはピンクがゆらゆら

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こちらはお寺の中心的な建物

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よこから見ても凛々しい

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正面からよく観ると激しい、今まさに戦いの最中、

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塀のトップは苔むして豊か、雨季にはもっとおももちが出る。

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強面の耳飾り

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この寺院の道路沿い隣にある小さな氏寺、お供え物の花

「神々の島」と観光キャッチコピーがありますが、著名な場所の神様から、道端の小さな神様まで、至る所に神様を感じられますね。

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チャーターカーで行く!ウブド散策はこちら!

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【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村 https://bali-chili.com/blog-balichili-20191128/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191128/#respond Thu, 28 Nov 2019 03:04:51 +0000 https://bali-chili.com/?p=9238 Traveling in London (11)

ガルンガンとは、よく日本のお盆にたとえられるバリの大きなセレモ二―です。個人的には、実際のイメージはお正月に近いような気がするのです。バリ島はガルンガンからクニンガンまで、お祭らしい華やかな雰囲気となります。最近は「ニュピに合わせてバリ島旅行」というお客様もいらっしゃりますので、「ガルンガン」に合わせてバリ島旅行もいいかもしれません。とくにカーチャーターなどでガルンガンに特に観光できるポイントを周られると素晴らしい出会いもあるかもしれません。

ガルンガンに行きたいパンリプラン村

 

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バリ島では「ガルンガン」になると、大人も子供もウキウキして皆嬉しそう、学校や会社が休みになることもありますが、ガルンガンを迎える前にバイクや自動車や家や氏寺なども綺麗に掃除します。まるで大晦日のようです。

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上部にはペンジョールといって、家の前にご先祖様を迎え入れる印を造ります。このペンジョールこそガルンガンの代表的な象徴であり、バリ島の象徴といえるくらい有名です。ガルンガン前から飾られます。村によって違いはありますが、力をいれる村はペンジョールの数が多くとても華やかです。

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ガルンガンのペンジョールはどこでも見ることができますが、特に華やかと、個人的におもっているのはアグン山とブサキ寺院の周辺を中心とする地域とウブドとその周辺です。ウブドはガルンガンでなくとも賑わっていますが、それらおエリアはやはり信仰の中心だからでしょうか、村々で競うようにペンジョールを出しています。

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そんなアグン山周辺位置する「パンリプラン村」は特にガルンガンにカーチャーターで行ってきたい場所です。そもそもパンリプラン村の先祖は王族の葬儀を任されてきた由緒正しき人々と言われています。

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よって日頃から家の造りや習慣や儀式などは、できるだけ伝統的なことができるようにを信条にしているようです。ガルンガンともなれば、お参りやペンジョール制作などは伝統を追及して村をあげて行います。よってこちらのガルンガン前からクニンガンくらいまで、見事なペンジョールのカーテンを観ることができます。

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日ごろから、上写真のように村の1軒1軒の家はきれいに掃除されています。

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普通村からするとかなり伝統に忠実で、掃除がしっかりされていてお花や樹木なども管理しています。バリ島で一番美しい村とも言われてます。

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上写真はガルンガンとは関係なく普段から家前で咲いている花草です。

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いつもにも増して増える、ガルンガンのお供え物チャナン(道端)

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ガルンガンの前日ですが、そこかしこでペンジョールを建てる風景がみられます。この風景ならガルンガン前日。

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パンリプラン村のペンジョール風景は華やか!

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本日はガルンガンの前日でガルンガンの準備の風景です。ガルンガン当日の朝8時か9時ごろなら白い正装をした村人がお寺にお参りすべく村の道に繰り出します。このときこの時間帯はSNS写真チャンスですね。

kkkk

村は観光のためオープンでツーリストが自由に出入りできますが、村の人は普通に暮らしている人々がほとんど。普通に農家なり職人で暮らす。上写真のおじいちゃんは、いつもは家中にいることが多いのですが、ガルンガン前後は道端にでてスンバヤンの準備やお客さんの歩くのを観るそうです。やはりガルンガンは特別な日のようです。

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こちらのおばあちゃんは村の道の真ん中でお祈りしていました。南部エリアでは見過ごしてしまうことが多いのですが、ガルンガンなのか気持ち長い時間丁寧にお祈りしていた気がします。
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パンリプランのペンジョールはクタやサヌールくらべ、根本に植物や穀物や草がつけられていました。きっと南部でも昔はこうだったのかもしれません

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また植物や穀物の付け方が1つ1つ違っています。

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ペンジョールの先端部分も南部エリアと少し違う気がしました。(村によっても)

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やはり自然素材がついていると絵になり神聖な気がします。

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こちらは太くてかっこいいですね。

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ペンジョールを男2-3人で少し少したてていきます。

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天を目指してペンジョールがそびえると「ここが我が家」とばかり、ご先祖様はまよわず帰ってこれるのかもしれません。

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このような遠く離れた、異文化であるにもかかわらず、日本人がどこかなつかしいと感じてしまうのもペンジョールですね。

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ガルンガン前日は準備の風景ですが、明日の本番はお参りやバビグリンを村総出で造ったりとやはりお祭り気分でもあり楽しそうなのです。

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パンリプラン村は今も1つ1つのペンジョールに意味と願いを込めてハンドメイドが多いと思われます。上写真のペンジョールはよくみると稲が1つ1つ丁寧に取り付けられている。

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バリ島の観光はガルンガンの前後が最も華やかで晴れ晴れしいバリ人を見ることができるかもしれない。

→【ガルンガン】華やかなペンジョール風景のパンリプラン村のご感想はこちら

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ガルンガンのお祭り風景ならカーチャーターが便利

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ムラスティからニュピへ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191011/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191011/#respond Thu, 10 Oct 2019 22:00:41 +0000 https://bali-chili.com/?p=8272 今年のニュピやムラスティには数十年ぶりといっていいほどの特別な意味があるように思えます。昨年末からのアグン山の問題は噴火前や噴火最中は心理的にお祭り騒ぎの側面もあったことは否定できません。

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バリ島の観光業界全体は大きな打撃をうけ、さらに現状、完全に回復したとは思えない。前回の50年前の噴火では経済的な大きな損失もあり、

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翌年、バリ島は不安定な生活を大きな混乱を迎えることになります。この疲弊したバリ島を救う意味でも復興と観光客の増大をめざし、

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デンパサール国際空港の構想の動機となったともいわれています。こんな危機感から、大きな混乱をさけ、大不景気を乗り越え、新しい道が開ける、

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ための祈りも込めて多くの参加者にとって特別なニュピやムラスティであるに違いありません。

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今回もクタビーチのムラスティをみさせて頂いたのですが、この日にはバリ島のたくさんのビーチや湖で朝から晩まで(地域によっては次の日の早朝)タナロットのムラスティもよさそうです。

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サヌール方面パダンガラックの早朝のムラスティも凄そうなどと、限りなくたくさんの場所で行われています。

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ただしジンバラン、クタ、チャングーなどで夕方からいくと夕陽とのコンビネーションで、サヌールからチャンディダアなど方面は朝陽とともに観られます。

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写真はクタビーチの15時ごろ、ちいさな女の子がビーチで素朴に遊んでいました。

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ムラスティのスンバヤンには特に多くの花飾りを観ることができます。

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ビーチの入口から各村ごとに行列が進んできます。このデサ(村)には、いくつものお寺(プラ)があります。お寺にはご本尊(宝)があります。

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複数のお寺の宝をビーチに運んで、村単位で1つの祭壇にまとめます。こちらは中心の祭壇に各村から運び込まれるお供え物をまとめています。

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こちらは恒例の女の子のダンスの恰好で行列してきます。

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このようにショーアップされている踊りがあるのはクタビーチだけではないでしょうか?観光客を意識してこのようなスタイルになってきたのかもしれません。

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お寺のご本尊を運んできたイブ(大変な役目)

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女性がご本尊やお供えものは女性が運んできます。男性は。。。。。

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男性は地域によって違うのですが、クタは神輿、これは日本と似てますね。

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海側に降りて歩いてきますが、自分達の村のポジションで砂浜の高い場所まで神輿を担がなければいけません。これが最大の男の仕事。

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到着後、村の祭壇をつくります。そして自分の村の祭壇周辺に座って待ちます。

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こちらはムラスティのクタのこどもダンスの出場者です。

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こちらもダンスグループ

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ある年齢になると、さそわれて踊りを短い時間で習うそうですが、

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南部エリアには小さいころから当たり前のようにダンスするチャンスはあるそうですが、こちらは子供会のようなものでしょうか。

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またまた次の神輿がやってきました。

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たんなる砂地の段差ですが、神輿となると大変、今までの行進の最後の力を振り絞ります。男達の顔がゆが苦悶にゆがみます。

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最後のパワー、一、二、三!!短いけど、心臓破りの坂といったところ、

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村によって違いますが、神輿をあげて、到着したとき、ガムランの楽器隊がかなり大きな音で、かなりレベルの高いガムラン打楽器します。近くにいると、この打楽器の勇猛さだけで、感動します。というよりよい意味で、音色に酔っぱらうのです。「ぐらー」ときませんか?

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祭壇の中心では神輿がならべられて、大きな祭壇が形成されます。

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この大きな各村共有の祭壇に何人ものお坊さんが入れ替わり立ち代わりします。

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神輿 このおおきな祭壇の前に大きな共有(中心的な)お供えものスペースがあり、ここに他のお供え物をもってくるべく、多くの女性が入れ替わり立ち代わり、こちらにやってきます。

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この日は曇っていたのでこんな海の色とセントロ

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祭壇の中心へ向かうイブイブ

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大祭壇を守るマンクー(お坊さん)

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お供え物をささげてきた帰り

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ピークタイムには大勢のイブイブがお供え物置き場に集まります。(若い女性も)この場所は今回のセレモニーで最も神聖な場所となっています。

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何人かの女性だけ海へ・・・・・

Traveling in London (9)

そしてニュピ(静寂の日)の準備へ

このあと、メインイベントのみんなでお祈りの時間ですが、ここで大雨が降り始め、ムラスティの参加者の多くも一時ビーチうしろのホテルやレストランに避難、結局雨は降りやまず、お坊さんや一部を除き、このあと実質的に解散に向かいます。さあ、それでも、ニュピの準備のはじまりです。

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今年も夕陽と景観が撮れなくて残念ですが雨宿り先で、雨の中の人々を観ることができました。

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雨の中ダンスを終えて、ビショビショで早歩き

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お母さんと一緒に傘にはいる男の子

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お父さんさんと一緒、あたりまえですが、愛情が伝わってきます。

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どしゃぶりだ!みんなではやく!

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こんなにずぶ濡れだと、バイクの風がしみる。。。家族全員4人乗り

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雨宿り

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傘は便利

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雨宿りへ急ぐ女友達

ムラスティがバリ島中のビーチや湖で終わりました。次にはオゴオゴです。そしてニュピ。1年で最も大切な日=ニュピ、この日の前には最大規模のダイナミックなセレモニーを重ねます。ニュピは何もしません。静寂の日

ムラスティからニュピへ2018のご感想はこちら


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スランガン島【サケナン寺院】のクニンガンのお祭り!「後編」 https://bali-chili.com/blog-balichili-20191010/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191010/#respond Wed, 09 Oct 2019 23:46:58 +0000 https://bali-chili.com/?p=8264 サケナン寺院は由緒あるお寺、

サケナン寺院前編はこちら

http://blog.livedoor.jp/balichili/archives/52084738.html

こちらの建物は新しいブロックのお寺

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お参りのあとの兄弟

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ワルンそのままの出店

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お父さんはウダンをお試しかぶり

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キラキラなバクソ屋さん

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夜のバクソ

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エスクラパ、ヤシの木そのままのジュース

おいしい

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夜の屋台

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これから、お参りへ

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夜の屋台

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夜のサケナン寺院入口

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夜参拝の方が涼しいので込み合う、

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2つのお寺の集合ブロックの間で、並んで待つ人々

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夜の祭壇

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夜にお品獲物

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このお寺の神様たち

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こちらもご神体

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夜のお供えもの集合テーブル

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お坊さんはいそがしい

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こちらのお寺のご神体

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夜のお寺の光は怪しくもある

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ご神体のバロン

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夜の参拝

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夜の祈り

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あたらしい方の集合も絵になる

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ジャグン(トウモロコシ)売り

オジサンの顔がうかびあがっている。

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赤ちゃんを玩具を

選んでいるおかあさん

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夜の出店風景

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サケナン寺院はスランガンの海に

かこまれているので、お魚さんの割合が多い

地域の漁師さんが店を出していることが多いので新鮮

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夜の風景

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夜祭

なんとなく日本をおもいだす。

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スランガン島【サケナン寺院】のクニンガンのお祭り!「後編」

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→お寺散策ならバリチリのチャーターカーですね。

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ニュピ前夜は「オゴオゴ」!子供達はお祭り騒ぎ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191006-2/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191006-2/#respond Sun, 06 Oct 2019 01:02:03 +0000 https://bali-chili.com/?p=8212 ニュピの前日は「オゴオゴ」、クタでは本来の意味は何処へか、さまざまなコンテストが重なるフェスティバルに近いものになっています。その分子供達には大きな楽しみになっています。

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上写真はニュピ前日、オゴオゴ寸前に家の周りをタイマツやワラを燃やしてドンドン、カンカンいろいろ鳴らして悪霊を追い払います。

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1件1件の家で、悪霊を追い払います。(悪霊は音と火に弱いらしい)また、村単位では大きな悪霊人形をかついで騒ぎ、最後は焼いてしまいます。これでニュピ前に悪霊が消えるわけです。

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ところが、近年悪霊人形を燃やさず、その後見世物にしたりニュピのあとにコンテストでオゴオゴ品評会なども開かれるようになりました。(よくできているものは確かにもったいない)

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年々手の込んだものになり、芸術性も高まり、燃やせなくなったのでしょうか。

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またもう一つのコンテストとしてクタなどでは美人コンテストなども開催されていあます。

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しかし、日本のお祭りも同様、主役は子供たちかもしれません。

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子供たちだけの子供神輿ならぬ、こどもオゴオゴがあります。また重要な役も子供が演じたりします。このときの子供たちの生き生きとした表情や行動や仕草、を楽しみにしているのは万国共通かもしれません。

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竹のタイマツに火をともし、こどもたちが、悪霊を追い払う準備をしています。

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同じ村の女の子、同じバンジャールの女の子、それぞれ大家族のように、親戚のように小さなころから顔見知りでスンバヤンのたびに顔をあわします。

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バンジャールの家族のような雰囲気は少し薄れていくのかもしれません。

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しかし昭和育ちの私達が体験してきた、地域のお祭のように、大人になっても想い出深くあるに違いありません。

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ニュピの日に家族で家ですごしたこと、オゴオゴの行列に加わり、みんなでさわがしく行進したこと。

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子供たちのこの行列に、親たちが最も暑い視線をむけている。(当たりまえですが)

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こちらは高校生くらいの男子

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この行列に参加したい、と熱い視線

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この夜は店の多くが閉まっているためジャグン(とうもろこし)やバクソ屋さんがたくさん道に出ています。

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ウダンをキチンと結べるようになれば1人前、かな、

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オゴオゴなので子供に大胆に大きな火を使わせます。

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この日のオゴオゴ行列の人形や飾りは各バンジャールが独創的に計画して実行しています。

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オゴオゴは本来、この夜のうちに焼かれてしまうのですが、ニュピ明けにはクタビーチでオゴオゴコンテストとして並べられます。悪霊がニュピに出ていかないような気もしますが、美人コンテストの歓声に驚いて、逃げていってしまうかもしれませんね。

Traveling in London (9)

そしてニュピへ

 

ニュピ前夜は「オゴオゴ」子供達はお祭り騒ぎのご感想はこちら


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