芸術 – bali-chili https://bali-chili.com Thu, 08 Apr 2021 13:01:32 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.1.10 【ティルタエンプル寺院】1,000年前バリ島独立の機運を高めたお寺。バリ人の源泉! https://bali-chili.com/blog-balichili-201912013/ https://bali-chili.com/blog-balichili-201912013/#respond Fri, 13 Dec 2019 07:31:21 +0000 https://bali-chili.com/?p=9778 ティルタエンプル寺院、バリ島にはたくさんお寺があり、地域にあり、村にあり、ブサキ寺院のような総本山もありますが、ティルタ寺院にはバリ島全域からバリ人が集まります。先祖のお寺というよりは信仰で集まるお寺かもしれません。

約1000年前、ジャワの王朝の影響下にあったバリの王達は長らく独立を願っていました。バリの神様の信仰、バリの独立政権、バリ人の独立性は、一夜にしてなるものではありません。王朝も国民も長い間、独立のための意識を高めなければなりません。

そんな背景があり、この寺院の信仰や物語がバリ全域に広がっていきました。この物語の中の「水」こそ、ティルタエンプルの聖水で、この水をもとめてバリ島中から定期的に参拝する人間も少なくありません。

現在でもバリ人の間では、ティルタエンプルの聖水に大きな意味があり、毎日のお祈り用の水として、持ち帰る人間が多いのです。古いお寺は他にもあるのですが、この寺院への信仰は、ひとことで「熱い」のです。

日本でも明治維新の際には、日本の近代化のために、中央政府からさまざまな物語が発せられ、福沢諭吉などが西欧文明の紹介の際、取り入れるべきものも多いが、日本流の思想を捨てることではないと・・・ジャワ王朝の軍事力や政治は巨大で見習い追いつくべき、しかし、バリ人の神、バリの思想を捨てることではなく、さらに深く意識的にバリの神に近くあること・・・

そんな発想から、ティルタ寺院は、今までのバリの信仰より、より強い意識的な信仰を目指し、実践を始めたのに違いありません。よりバリ文化や信仰を深めつつ、「富国強兵」を目指し、ジャワからの独立を得ました。このとき本当に現在の「バリ人」の源泉だったのかもしれません。

この時期のグヌンカウイ遺跡も、バリでは空前絶後の巨大なもので、そのときの王様は、なぜ、巨大すぎるほどの遺跡(墓)を造らせたか?また、オリジナリティあふれるデザインだったのか?恐らく王は、ジャワを意識し、バリ島が独自の文化文明をもつ、独立国家であることを内外に示したのかもしれません。このときの、勇気ある、誇り高き、バリ人の末裔であることを、現代のバリ人は意識的に無意識的に、誇りに思っているのかもしれません。またそのような独立期の過酷な時代背景の「信仰」が、深く豊な信仰であったからこそ、ティルタエンプル寺院は例外的に信仰を集める寺院になったのかもしれません。

 

 

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スカワティ地区・バトゥブラン通りのお寺【Pura Desa Tegaltamu】 https://bali-chili.com/blog-balichili-201912010/ https://bali-chili.com/blog-balichili-201912010/#respond Tue, 10 Dec 2019 09:10:53 +0000 https://bali-chili.com/?p=9711 ウブド方面のツアーやチャーターカーをご利用の場合、サヌールを超えて、すこしすると、「石の村バトゥブラン」などのアナウンスや「午前中のバロンダンスの会場」としてバトゥブランの名前を聞いたことがあるかもしれません。スカワティ地区にありますが、サヌールからウブドへの道のりの「バトゥブラン通り」としてウブド方面観光で通る道です。バリ島のお寺は総本山「ブサキ寺院」をはじめウルワツ寺院やタナロット寺院など、大観光地となっているお寺が有名ですが、地域のお寺や村のお寺、個人のお寺など無数に存在します。今回は【Pura Desa Tegaltamu】をご紹介しますが、ツーリストの間では無名といってもいいバトゥブランにあるお寺です。

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※バトゥブラン通りのバイクのガソリン販売

それではなぜ、Pura Desa Tegaltamu、をご紹介するのか?こちらは以前から、ウブド方面の途上、「ちょっといいお寺かも」と思っていたお寺でした。勇名なサテ屋さんに立ち寄るのがメインでしたが、

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こちらの、お寺かメインとなってしまいました。上写真はバトゥブラン通りの小さな氏寺のお供え物。サヌールを通り過ぎると、まだまだ田舎のゆっくりした感もあります。

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上記写真は道に咲いていたヘリコニア

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ヘリコニアを育てていた家

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そのお隣は人気サテワルン「SALI ALIT」

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ウブド方面の道中、ちらっと見える。

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サテリリットがおすすめ!なんか楽しそうに働いていました。

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サテ屋さんを後目にウブド方面5分程度でPura Desa Tegaltamu に到着。駐車場もなくお寺なのでガイドさんと一緒に来た方が無難です。一般的な観光地ではありませんのでご近所さんに注意ください。

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まずこちらバトゥブラン通りの歩道からみた Pura Desa Tegaltamu のバレ・クルクルの塔。クルクルの下部分と歩道。
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最近は村のお寺もより簡単な造りへと変わっているので、観光地でない村のお寺でカッコよいものがあれば、かなり貴重かもしれません。

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クルクルの塔中段部分、この木製の鐘を、人間を集めたいときや、非常事態の際などに使われてます。ポクポクと音色の違いで、地域に情報を発信してきたようです。

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バレ・クルクルの下部、石の装飾で覆われています。通りすがっただけで、ここが重要な施設と理解できます。古来神殿や寺院は、各時代・各地域の最も長けた芸術家や職人が携わってきました。

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最近は石の職人さんの仕事が世界中で評価され、インドネシア内でも引き合いが多いため地元の村まで優秀な職人さんの手が回らなくなっているようです。そんな中、この村のお寺はかっこよくできていると思いました。

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ツーリストがほとんど立ち寄らない、この地域の村人が参拝するお寺なので、おおきなセレモニーの前ではないと雑草もそのままですが、

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まったく新しく造るお寺は相当な出資がないとカッコイイお寺は簡単にはできないようです。こちらのお寺は昔に造ったお寺であることと、

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村のお寺の修復がていねいな感じがしました。古くなり破損・摩耗した箇所が時代ごとに修復されているような・・・(素人なので詳しくわかりませんが)

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この地域がバトゥブランなので、資金とは関係なしに、地元の寺だからと、石職人さんが採算とは関係なしにお寺を修復しているのかもしれません(想像)

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こちらのレリーフなど村の小さなお寺では、なかなかカッコイイ気がします。

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バリ島では、よく見かけますが、おじさんというか強面のかみさまの石像にも花を耳にかけたりしますが、かなりミスマッチでチャーミングですね。

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バリの建築物でもクルクルはユニークで味がありますね。

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クルクル下部分のレリーフですが、

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彫られている2-3cmほどのお猿ですが、歯を出していますが複雑な表情をして固有の顔で描かれているのかもしれません。牛さんも人間のような表情で笑っています。

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クルクルの隣の時計台のような塔ですが、緻密な造りをした石像があります。

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車をされて騎馬戦をしているような体制のかみさまの石像が置かれています。こちらはカッコイイですね。20cmほどの高さで小さいのですが、緻密な造りをしています。

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塀も小さな村のものとは思えない立派な造り、補修もしてある。

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さきほどの神様を違う角度から

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できるだけアップ・・・ご神体などどして屋根のある寺の奥にしまっていくのでなく、雨露や強い直射日光が毎日あたる、外にある、こんな緻密な造りを外に置くこと自体、大胆な発想と思われます。

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レリーフというよりは飛び出す石像

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下から見上げると緑もキラキラ

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向こう側にはピンクがゆらゆら

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こちらはお寺の中心的な建物

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よこから見ても凛々しい

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正面からよく観ると激しい、今まさに戦いの最中、

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塀のトップは苔むして豊か、雨季にはもっとおももちが出る。

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強面の耳飾り

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この寺院の道路沿い隣にある小さな氏寺、お供え物の花

「神々の島」と観光キャッチコピーがありますが、著名な場所の神様から、道端の小さな神様まで、至る所に神様を感じられますね。

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チャーターカーで行く!ウブド散策はこちら!

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ムラスティからニュピへ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191011/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191011/#respond Thu, 10 Oct 2019 22:00:41 +0000 https://bali-chili.com/?p=8272 今年のニュピやムラスティには数十年ぶりといっていいほどの特別な意味があるように思えます。昨年末からのアグン山の問題は噴火前や噴火最中は心理的にお祭り騒ぎの側面もあったことは否定できません。

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バリ島の観光業界全体は大きな打撃をうけ、さらに現状、完全に回復したとは思えない。前回の50年前の噴火では経済的な大きな損失もあり、

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翌年、バリ島は不安定な生活を大きな混乱を迎えることになります。この疲弊したバリ島を救う意味でも復興と観光客の増大をめざし、

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デンパサール国際空港の構想の動機となったともいわれています。こんな危機感から、大きな混乱をさけ、大不景気を乗り越え、新しい道が開ける、

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ための祈りも込めて多くの参加者にとって特別なニュピやムラスティであるに違いありません。

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今回もクタビーチのムラスティをみさせて頂いたのですが、この日にはバリ島のたくさんのビーチや湖で朝から晩まで(地域によっては次の日の早朝)タナロットのムラスティもよさそうです。

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サヌール方面パダンガラックの早朝のムラスティも凄そうなどと、限りなくたくさんの場所で行われています。

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ただしジンバラン、クタ、チャングーなどで夕方からいくと夕陽とのコンビネーションで、サヌールからチャンディダアなど方面は朝陽とともに観られます。

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写真はクタビーチの15時ごろ、ちいさな女の子がビーチで素朴に遊んでいました。

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ムラスティのスンバヤンには特に多くの花飾りを観ることができます。

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ビーチの入口から各村ごとに行列が進んできます。このデサ(村)には、いくつものお寺(プラ)があります。お寺にはご本尊(宝)があります。

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複数のお寺の宝をビーチに運んで、村単位で1つの祭壇にまとめます。こちらは中心の祭壇に各村から運び込まれるお供え物をまとめています。

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こちらは恒例の女の子のダンスの恰好で行列してきます。

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このようにショーアップされている踊りがあるのはクタビーチだけではないでしょうか?観光客を意識してこのようなスタイルになってきたのかもしれません。

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お寺のご本尊を運んできたイブ(大変な役目)

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女性がご本尊やお供えものは女性が運んできます。男性は。。。。。

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男性は地域によって違うのですが、クタは神輿、これは日本と似てますね。

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海側に降りて歩いてきますが、自分達の村のポジションで砂浜の高い場所まで神輿を担がなければいけません。これが最大の男の仕事。

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到着後、村の祭壇をつくります。そして自分の村の祭壇周辺に座って待ちます。

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こちらはムラスティのクタのこどもダンスの出場者です。

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こちらもダンスグループ

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ある年齢になると、さそわれて踊りを短い時間で習うそうですが、

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南部エリアには小さいころから当たり前のようにダンスするチャンスはあるそうですが、こちらは子供会のようなものでしょうか。

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またまた次の神輿がやってきました。

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たんなる砂地の段差ですが、神輿となると大変、今までの行進の最後の力を振り絞ります。男達の顔がゆが苦悶にゆがみます。

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最後のパワー、一、二、三!!短いけど、心臓破りの坂といったところ、

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村によって違いますが、神輿をあげて、到着したとき、ガムランの楽器隊がかなり大きな音で、かなりレベルの高いガムラン打楽器します。近くにいると、この打楽器の勇猛さだけで、感動します。というよりよい意味で、音色に酔っぱらうのです。「ぐらー」ときませんか?

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祭壇の中心では神輿がならべられて、大きな祭壇が形成されます。

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この大きな各村共有の祭壇に何人ものお坊さんが入れ替わり立ち代わりします。

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神輿 このおおきな祭壇の前に大きな共有(中心的な)お供えものスペースがあり、ここに他のお供え物をもってくるべく、多くの女性が入れ替わり立ち代わり、こちらにやってきます。

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この日は曇っていたのでこんな海の色とセントロ

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祭壇の中心へ向かうイブイブ

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大祭壇を守るマンクー(お坊さん)

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お供え物をささげてきた帰り

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ピークタイムには大勢のイブイブがお供え物置き場に集まります。(若い女性も)この場所は今回のセレモニーで最も神聖な場所となっています。

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何人かの女性だけ海へ・・・・・

Traveling in London (9)

そしてニュピ(静寂の日)の準備へ

このあと、メインイベントのみんなでお祈りの時間ですが、ここで大雨が降り始め、ムラスティの参加者の多くも一時ビーチうしろのホテルやレストランに避難、結局雨は降りやまず、お坊さんや一部を除き、このあと実質的に解散に向かいます。さあ、それでも、ニュピの準備のはじまりです。

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今年も夕陽と景観が撮れなくて残念ですが雨宿り先で、雨の中の人々を観ることができました。

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雨の中ダンスを終えて、ビショビショで早歩き

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お母さんと一緒に傘にはいる男の子

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お父さんさんと一緒、あたりまえですが、愛情が伝わってきます。

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どしゃぶりだ!みんなではやく!

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こんなにずぶ濡れだと、バイクの風がしみる。。。家族全員4人乗り

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雨宿り

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傘は便利

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雨宿りへ急ぐ女友達

ムラスティがバリ島中のビーチや湖で終わりました。次にはオゴオゴです。そしてニュピ。1年で最も大切な日=ニュピ、この日の前には最大規模のダイナミックなセレモニーを重ねます。ニュピは何もしません。静寂の日

ムラスティからニュピへ2018のご感想はこちら


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ニュピ前夜は「オゴオゴ」!子供達はお祭り騒ぎ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191006-2/ https://bali-chili.com/blog-balichili-20191006-2/#respond Sun, 06 Oct 2019 01:02:03 +0000 https://bali-chili.com/?p=8212 ニュピの前日は「オゴオゴ」、クタでは本来の意味は何処へか、さまざまなコンテストが重なるフェスティバルに近いものになっています。その分子供達には大きな楽しみになっています。

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上写真はニュピ前日、オゴオゴ寸前に家の周りをタイマツやワラを燃やしてドンドン、カンカンいろいろ鳴らして悪霊を追い払います。

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1件1件の家で、悪霊を追い払います。(悪霊は音と火に弱いらしい)また、村単位では大きな悪霊人形をかついで騒ぎ、最後は焼いてしまいます。これでニュピ前に悪霊が消えるわけです。

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ところが、近年悪霊人形を燃やさず、その後見世物にしたりニュピのあとにコンテストでオゴオゴ品評会なども開かれるようになりました。(よくできているものは確かにもったいない)

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年々手の込んだものになり、芸術性も高まり、燃やせなくなったのでしょうか。

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またもう一つのコンテストとしてクタなどでは美人コンテストなども開催されていあます。

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しかし、日本のお祭りも同様、主役は子供たちかもしれません。

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子供たちだけの子供神輿ならぬ、こどもオゴオゴがあります。また重要な役も子供が演じたりします。このときの子供たちの生き生きとした表情や行動や仕草、を楽しみにしているのは万国共通かもしれません。

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竹のタイマツに火をともし、こどもたちが、悪霊を追い払う準備をしています。

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同じ村の女の子、同じバンジャールの女の子、それぞれ大家族のように、親戚のように小さなころから顔見知りでスンバヤンのたびに顔をあわします。

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バンジャールの家族のような雰囲気は少し薄れていくのかもしれません。

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しかし昭和育ちの私達が体験してきた、地域のお祭のように、大人になっても想い出深くあるに違いありません。

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ニュピの日に家族で家ですごしたこと、オゴオゴの行列に加わり、みんなでさわがしく行進したこと。

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子供たちのこの行列に、親たちが最も暑い視線をむけている。(当たりまえですが)

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こちらは高校生くらいの男子

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この行列に参加したい、と熱い視線

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この夜は店の多くが閉まっているためジャグン(とうもろこし)やバクソ屋さんがたくさん道に出ています。

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ウダンをキチンと結べるようになれば1人前、かな、

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オゴオゴなので子供に大胆に大きな火を使わせます。

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この日のオゴオゴ行列の人形や飾りは各バンジャールが独創的に計画して実行しています。

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オゴオゴは本来、この夜のうちに焼かれてしまうのですが、ニュピ明けにはクタビーチでオゴオゴコンテストとして並べられます。悪霊がニュピに出ていかないような気もしますが、美人コンテストの歓声に驚いて、逃げていってしまうかもしれませんね。

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そしてニュピへ

 

ニュピ前夜は「オゴオゴ」子供達はお祭り騒ぎのご感想はこちら


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