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シンガラジャ 
Singraja

バリ島北部に位置しており、オランダの植民地政庁がいちはやく敷かれた。バリ島の玄関として、州都として栄えた歴史ある町。シンガはライオンで、ラジャは王を意味している。
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●シンガラジャの町
現在はシンガラジャという名前ですが、以前はブレレンと呼ばれ、バリ島内で一番早く1849年にオランダの植民地政庁が置かれました。オランダはブレレン港を中心とした町づくりを進め、ここを拠点にバリ島全土を植民地化していきます。そのため、シンガラジャには今なおオランダ時代の建物などが残るなど、バリ島ではめずらしくコロニアルな雰囲気が残っているところがあります。
町の中心部にあるシンガ(ライオン)の像(写真1,2)。ライオンの王とのことで、金色の像です。

●ブレレン港について
ブレレン港は、オランダ植民地以前の王国時代、オランダ植民地時代、独立後の3つの時期に分けることができます。王国時代の17世紀ごろ、マッカサルからの海洋民族がやってきて港の近くに定住します。オランダの植民地時代になると、中国やアラブからの商人がやってきて交易の場所として、またヨーロッパで起きたバリ島ブームによる欧米からの観光客の唯一の到着玄関として栄えます。
このように交易の場所として、海外からの観光客の玄関として栄えたブレレン港ですが、インドネシアの独立後、その機能は次第に低下し、1958年にバリ島の州都がデンパサールに移ったのをきっかけに、交易はブノア港に移り、そして外国からの観光客の玄関口は1949年に開港したデンパサール空港となります。もともと、ブレレン港は海底が浅く、大きな船が接岸できなかったため、大きな船は沖に停泊し、海上で小さな舟に荷物を下ろすという手間があったこと、港から南部エリアに物資を運ぶには大きな山を越えなければならないなどの不便があったため、あっという間にお役放免となってしまいます。その後、港は長い間、廃墟となって放置されていましたが、2002年に港の跡地として整備され、市民の憩いの場となっています。

●ブレレン港跡地の様子

ブレレン港の跡地としての現在の様子です。海に面してガゼボが建ち、そこでは地元の人がチェスをしたり、のんびりくつろいだりしています。
「旧ブレレン港」と書かれた看板(写真3)と港に続くゲート(写真4)。
海に面して建っているガゼボ(写真5)と、独立を記念したユーダ・マンダラ・タマの像(写真6)。海上の建物はレストランです。
広場では子どもたちが凧揚げをしていました(写真7)。
港で使われていた建物も残っています(写真8,9,10,11)。オランダ政庁時代に、税関として使われていた建物です(写真9)。

●異国情緒な町の様子

港や港の周辺には、今なお異国情緒な町の雰囲気が残っており、ぶらぶら歩きながら、異国の雰囲気を探してみるのも楽しいです。
以前使われていた港への入り口です(写真12-15)。外国っぽいゲートと街灯があります(写真13)。
港の中にはバリ・ヒンドゥーのお寺と中国寺院があります。そして、港の近くにはイスラム教のモスクもありますが、どれも時代を感じさせる古いものです。
バリ・ヒンドゥーの寺院(写真16)。石をタイルのように張っている変わった作りの門は、教会の形にもみえます(写真17)。
中国寺院(写真18-20)。外観は新しくきれいですが、中に入ると古いお寺であることがわかります。港の外にあるモスク(写真21)。よく見かけるモスクとは色も形も違います。
港の周辺は古い商店が立ち並んでいます。建物についている模様をよく見ると、オランダの影響を受けている受けていることがわかります(写真22-25、写真23と25は模様部分の拡大)。1931年にバリ島に到着したカナダ人の作曲家コリン・マックフィーは1930年代のバリ島の様子を記した名著『熱帯の旅人』の中で、ブレレン港の町の様子を次のように記しています。「ブレレンは海岸線にそって白々と横たわる小さな港町だった。街路樹が大きな影を落とす目抜き通りには、魔法瓶、懐中電灯、セルロイドの人形などを売る日本人の商店や、バティックや綿織物を売るインド商人の店が、長くつづく庇の下に並んでいた。中国人の店では、鍋釜や瀬戸物から、塗料、ハム、家鴨の燻製絹地、花火にいたるまで、ありとあらゆる品々が何もかも一緒くたに陽にさらせれていた。通りにはアラブ人や中国人や鮮やかなバティック布を着けたバリ人が行き交い、小さな食堂では人々がのんびりとたばこをふかしたり、ピンク色の飲物を飲んでいた(注1)」と記しているのですが、この辺りがその場所であったことは想像に難くないでしょう。また、同著では、ブレレンの町に日本人の歯医者があったことも記されており、戦前からこの地に日本人が住んでいたことも興味深いです。(注1 コリン・マックフィー著、大竹昭子訳『熱帯の旅人』13頁、河出書房新社1990年)
港の脇にある川にかけられた橋も、オランダ植民地政庁が作ったものです(写真26,27)。
シンガラジャ郊外のヒンドゥー寺院には石のレリーフにオランダ人の様子を描いたものなどがあるなど、探してみると他にもオランダ統治時代の名残りがありそうです。
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